大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1334号 判決

控訴人 三久化工株式会社

右代表者代表取締役 永田隆英

右訴訟代理人弁護士 保津寛

同 露口佳彦

同 佐々木信行

同 岡和彦

被控訴人 理工産業株式会社

右代表者代表取締役 山崎啓生

右訴訟代理人弁護士 山下寛

同 山下善久

主文

一  被控訴人の訴えの取下及び訴えの変更により、原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は、被控訴人に対し、金一九二万九一〇〇円及びこれに対する昭和五二年六月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

三  当審における訴訟費用は控訴人の負担とする。

四  この判決第二項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立て

一  被控訴人(原審昭和五一年(ワ)第一三五七号事件につき訴えを取り下げ、昭和五二年(ワ)第四六三六号事件につき訴えを交換的に変更)

主文二項と同旨

二  控訴人

1  被控訴人の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人と控訴人は、ともに化学建築材の製造及び販売を目的とする株式会社である。

2  被控訴人は、昭和四七年一月、控訴人との間で、被控訴人が関東以北の地区において控訴人の販売代理店として、右地区では被控訴人のみが控訴人製造にかかる工場用床材ノンウエヤ及びエルノンウエヤ(以下「本件商品」という。)を販売することとし、控訴人において被控訴人に対し、本件商品の販売促進に協力し、かつ、被控訴人の求めに応じて、本件商品を一般卸売価格より低廉な事前に約定されていた価格で継続的に売り渡す旨の販売代理店契約を締結した。

3  被控訴人は、控訴人に対し、右契約に基づき、昭和五〇年一〇月三日ころ、電話で本件商品を注文したところ、これを拒否されたので、更に、同月六日書面により同月一五日までに右注文に応じてくれるよう返答を待つ旨の催告をしたが、控訴人は、本件商品の出荷を一切拒否した。

4(一)  被控訴人は、昭和五〇年六月一日ころ、高森建設株式会社(以下「高森建設」という。)との間で、高森建設が千葉県柏市から請負った柏市公設綜合地方卸売市場及び水産物卸売市場等建設工事のうち、床面積三八二〇平方メートルを床強化材を用いて仕上げる床仕上工事(以下「本件工事」という。)を、一平方メートル当たり金一一〇〇円合計金四二〇万二〇〇〇円で請負う旨の契約を締結した。

仮にそうでないとしても、右契約の締結がまさに必至の状況にあった。

(二) ところが、本件工事は床強化材としてノンウエヤを使用して施行することになっていたところ、前記のとおり控訴人が前記約定に反し被控訴人の注文を拒否し、ノンウエヤの供給を一方的に停止したため、被控訴人において右ノンウエヤを入手することができなくなり、高森建設から本件工事契約を解除された。仮にそうでないとしても、被控訴人は、結局本件工事を請負うことができなかった。

(三) ところで、被控訴人は、本件工事を請負っていれば、その施行に必要な経費が、床強化材購入費金一三一万七九〇〇円(一平方メートル当たり金三四五円に本件工事面積三八二〇平方メートルを乗じた額)及び床仕上施行手間代金九五万五〇〇〇円(一平方メートル当たり金二五〇円に右工事面積を乗じた額)合計金二二七万二九〇〇円であるから、これを本件工事の請負代金四二〇万二〇〇〇円から控除した金一九二万九一〇〇円の利益を得ることが可能であったところ、控訴人の前記3の債務不履行により、被控訴人は、右利益を得ることができなくなって右相当額の損害を被った。

5  よって、被控訴人は、控訴人に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、金一九二万九一〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年六月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実のうち、控訴人の営業は認めるが、その余は知らない。被控訴人は製造はしていない。

2  同2の事実は否認する。

控訴人と被控訴人間に、被控訴人主張のような販売代理店契約ないし継続的取引契約が成立したことはなく、両者間の取引は、昭和四三年七月ころから元請、下請の関係で始まったが、そのような関係からノンウエヤなどの床材を個別にわけてやったものであり、これらの取引は、個々の取引の集積にすぎない。昭和四七年一月ころ、両者間で新たな特別な合意がなされたこともない。

3  同3の事実は否認する。控訴人は、後記三1のように本件商品の販売を中止する旨の申し入れをするに際し、その事後措置として、その当時既に被控訴人から受注していた分の本件商品については被控訴人に出荷したし、被控訴人がそのころ成約交渉中の取引に必要な商品についても、供給する旨を書面で申し出ていたが、その後、被控訴人から本件商品の注文を受けたことはない。

4  同4の事実について

(一)は否認する。

(二)のうち、控訴人が被控訴人の注文を拒否したことは否認し、その余は知らない。

(三)は知らない。

三  抗弁

1  仮に、控訴人と被控訴人との間に、被控訴人主張のような継続的供給契約が成立したとしても、これは期間の定めのないものであるから、成立後相当期間経過後はいつでも解約告知できることにつき黙示の合意を含むところ、控訴人は、右合意に基づき被控訴人に対し、昭和五〇年九月三〇日付けの書面で、被控訴人に対する本件商品の販売を中止する旨の申し入れをして右契約を解約したのであるから、控訴人が被控訴人主張の債務不履行に基づく責任を負ういわれはない。

2  右継続的供給契約の解約につき正当事由の存在が必要であるとしても、次のとおりこれが存在した。すなわち、当時控訴会社の業務課長であった桐山正俊は、被控訴会社の代表者に迎合して、「材工」(控訴人が工事を請負うことを条件としなければ本件商品を販売しないということ)形態で販売する扱いであったエルノンウエヤを、控訴人に無断で材料(本件商品)のみを被控訴人に売り渡したり、控訴人が営業活動によって入手した床工事の情報を、被控訴人に漏えいするなどし、その弊害は目に余るものがあった。そのため、控訴人は、被控訴人との間で前記契約関係をこれ以上継続することができなくなったものである。

なお、仮に、前記契約の解約につき予告期間を置く等の措置が、信義則上要求されるとしても、それは、相手方当事者の信頼利益を保護するためのものであるから、そのような措置をとらなかった場合、右信頼利益の賠償をすることで足りる。もっとも、控訴人は、右信義則上の措置をとっている。すなわち、あらかじめ昭和五〇年九月一五日被控訴人を訪問して商品供給の中止方の説明をしたほか、事後の善処方を申し出て、客先名、設計事務所名、建設会社名、物件名、平方メートル数、商品種類、納期、契約価格その他の事項を聞いて、被控訴人が必要とする根拠さえ示せばいつでも出荷する旨協議方を申し入れたところ、被控訴人においてこれを拒否したのである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、控訴人と被控訴人間の継続的供給契約には期間の定めがなかったこと、昭和五〇年九月三〇日付けの書面で控訴人主張の申し入れを受けたことは認めるが、控訴人主張の合意があったことは否認する。両者は、今後も引き続いて右契約が存在するとの信頼関係のもとに契約を履行していたのであって、期間の定めがなかったとはいえ、右契約をいつでも解除できるという認識は全くなかったものである。

2  同2は争う。

期間の定めのない継続的供給契約は、契約の相手方に信頼関係を破壊するような契約の継続を著しく困難ならしめる重大な事由が発生した場合には、直ちにこれを解除することができ、それ以外の場合には、一定の予告期間を定めて解約の申し入れをすることによって解除でき、右期間の満了をもって契約は終了するものと解すべきである。そして、予告期間を設けない解約申し入れは、相当期間経過により効力を発生するのであり、したがって、右相当期間経過するまでは、契約は有効に存続し、契約両当事者は、右期間内に債務不履行があれば、その責任を追及されるのである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実中、控訴人が化学建築材の製造及び販売を目的とする株式会社であることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、被控訴人も右同様の目的を有する株式会社であることが認められる。

二  被控訴人は、昭和四七年一月、控訴人との間で、販売代理店契約を締結した旨主張し、《証拠省略》中には、これに副う部分があるけれども、右各供述は、《証拠省略》に照らして措信できず、他に右主張事実を認めることができる証拠はない。

しかし、《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件商品は、訴外新日本製鉄株式会社の有する特許に基づき控訴人が製造するステンレス微粒屑を含む耐磨耗床強化剤であり、これをコンクリート床に散布接着させ、固定して初めてその効用を発揮するものであるが、床強化剤としては、他社製造の競争商品の多いものである。

2  被控訴人は、昭和四三年ころ、控訴人が訴外新日本製鉄君津製鉄所から請負った床仕上工事の下請けをしたことから、控訴人との取引を開始し、引き続き控訴人の受注した関東以北地域における床仕上工事の下請けをし、あるいは、自から受注した床仕上工事のために控訴人から本件商品を購入するようになった。

しかし、被控訴人、控訴人間で右取引をするに当たり、あらかじめ取引額、取引期間等を定めたことはなかった。

3  被控訴人、控訴人間の取引は、控訴人から被控訴人に対しあらかじめ交付された本件商品の価格表に基づき、被控訴人が必要の都度控訴人に電話で注文し、控訴人はこれに応じて本件商品を供給するという方法がとられ、個々の売買に当たり、控訴人が見積書を作成したり、被控訴人の注文を控訴人が拒絶したりすることもなかった。また、価格の改訂があった場合は、控訴人から新たな価格表が被控訴人に送付され、その後は、これに基づき取引がなされていた。

4  被控訴人は、前記のとおり化学建築材の製造及び販売を目的としていたが、控訴人と取引するようになってからは、化学建築材の製造は行わなくなり、床仕上工事と耐酸工事を主たる営業とすることになったが、床仕上材としては専ら本件商品のみを扱い、他社の製品を使用したことはなかった。

5  控訴人の被控訴人に対する販売代金は、一般卸売価格より低廉な価格とされ、代金の支払は、毎月末日締め、翌月末日限り現金払いであった。

6  被控訴人の本件商品を使用しての床仕上工事の請負実績は、昭和四七年度二三三二万円、昭和四八年度六〇五万円、昭和四九年度一九五〇万円、昭和五〇年度(ただし、同年九月まで)九八六万円となっている。

7  被控訴人は、本件商品の販売活動の一環として、建築会社等を訪問し、本件商品のカタログとサンプルを提供して、注文の勧誘を行っていたが、そのカタログやサンプルは、控訴人から被控訴人に対し、あらかじめ大量に送付されていた。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実を総合すれば、被控訴人と控訴人との間には、遅くとも昭和四七年中には、将来にわたり、被控訴人から控訴人に対し、控訴人の製造する本件商品の供給を求めたときには、控訴人は、その都度これに応じ、あらかじめ定められた一般卸売価格より低廉な一定の価格で被控訴人に対し販売する旨の、期間の定めのない、いわゆる継続的売買契約(以下「本件契約」という。)が成立したものと認めることができる(なお、被控訴人の請求原因2の主張中には、継続的売買契約に基づく請求も含まれているものと解される。)。

三1  《証拠省略》によれば、被控訴人代表者山崎啓生は、昭和五〇年一〇月上旬ころ、控訴人に対し、電話で本件商品を出荷してくれるよう依頼したところ、控訴人の桐山業務課長は検討する旨返事をしたものの、結局控訴人からはそれ以上の回答がなかったこと、そこで、右山崎は、同年一〇月七日付け書面で、控訴人に対し、当時被控訴人が売込みに成功して設計指定がされている工事及びすでに受注していた工事に使用する本件商品の出荷を依頼したが、控訴人は、同月一六日付け書面で、従来の取引では全く要求されたことのなかった、被控訴人の受注した工事名、設計事務所名、建設会社名、平方メートル数、契約価格等の詳細を報告することを求め、右要求に応ずれば本件商品の出荷をすることもあり得る旨回答してきたこと、山崎は、このような控訴人の要求は前例のないものであり、右照会には、出荷の拒否ばかりか控訴人が受注を横取りする意図さえもうかがわれることから、直ちに右書面を控訴人に返送し回答を拒否したこと、結局、控訴人は、その後被控訴人に対し、一切本件商品を供給しなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

2  そこで、控訴人の抗弁について判断する。

控訴人が被控訴人に対し、昭和五〇年九月三〇日付け書面で、本件商品の販売を中止する旨の申し入れをしたことは、当事者間に争いがないが、前記継続的売買契約成立後相当期間経過後は、右契約をいつでも直ちに解約告知できることについての合意が存在したことを認めるに足りる証拠はない。

もっとも、期間の定めのない継続的売買契約においては、当事者間にその旨の合意がなくとも、原則として、当事者の一方は、いつでも右契約を将来に向かって解除(解約申し入れ)しうるものと解するのが相当であるが、前記のような本件契約の内容、契約締結後の状況等に徴すれば、右解約申し入れをするためには相当の予告期間を設けるか、これを設けなかった場合には、右解約申し入れがあってから相当の期間を経過したのちはじめて本件契約が終了するものと解すべきであり、また、相手方に著しい不信行為等、契約の継続を期待しがたい特段の事由の存する場合には、直ちに解約申し入れができるものというべきである。

以上の観点から、本件を検討してみるのに、まず、控訴人が本件契約の解約申し入れに当たり、相当の予告期間を設けたことを認めるに足りる証拠はなく、また、前記のとおり、被控訴人の本件商品の注文は、昭和五〇年一〇月上旬であり、控訴人の解約申し入れ後相当期間経過前になされたものというべきであるから、右注文当時解約の効力は発生しておらず、抗弁1は失当である。また、控訴人は、当時業務課長であった桐山正俊が、被控訴人に迎合して、控訴人の方針に反する条件で本件商品を売り渡し、あるいは、情報を漏えいするなどした旨主張するが、右主張に副う《証拠省略》はにわかに措信しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。更に、控訴人が、あらかじめ昭和五〇年九月一五日に被控訴人に対し、本件商品の供給の中止方を説明したことを認めるに足りる証拠はなく(この点についての控訴人代表者の供述は、《証拠省略》に照らして措信できない。)、他に、被控訴人側の不信行為等本件契約を継続することができないやむを得ない事由を認めるに足りる証拠もない。

なお、控訴人は、前認定の同年一〇月一六日付け書面による被控訴人の受注内容に関する照会をしたことをもって、被控訴人に対する本件解約に伴う信義則上の措置であると主張するけれども、《証拠省略》により認められる同書面の内容及び取引の経験則にてらすならば、右照会が被控訴人に対する信頼関係を保全するものということは、到底できない。

3  したがって、控訴人は被控訴人に対し、その注文に応じて本件商品を供給すべき債務を履行しなかったことによって被控訴人に生じた損害を賠償すべき義務がある。

四  進んで、被控訴人の被った損害について検討する。

1  《証拠省略》によれば、被控訴人は、高森建設との間で、昭和五〇年六月から一〇月にかけて、高森建設が千葉県柏市から請け負った柏市公設綜合地方卸売市場及び水産物卸売市場等の建設工事のうち床仕上工事(床面積三八二〇平方メートルを床強化材を用いて仕上げる工事)を一平方メートル当たり一一〇〇円合計四二〇万二〇〇〇円で請け負う方向で話しを進めており、成約必至の状況にあったことが認められ(設計仕様に被控訴人の社名が記載されていることは《証拠省略》上明らかであり、設計仕様に採り入れられればほぼ契約成立が必至であるとみてよいことは、原審において控訴人代表者も供述しているところである。)(る。)《証拠判断省略》

2  《証拠省略》によれば、被控訴人が高森建設から受注しようとしていた本件工事には、ノンウエヤないしこれと同等以上の材料を使用することが設計仕様書に指定されており、高森建設においては、ノンウエヤ以外の床材を使用する考えはなかったこと、前記のとおり、被控訴人は、控訴人からノンウエヤを入手することが不可能となったため、昭和五〇年一〇月半ばすぎころから数回にわたって、高森建設との間に、ノンウエアと同等の他の床材を使用して工事することの許可を求めて交渉したが、結局右許可が得られなかったため、被控訴人は本件工事を受注することができず、控訴人が高森建設から受注して、ノンウエヤを使用して工事をしたことを認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  《証拠省略》によれば、被控訴人は本件工事を代金四二〇万二〇〇〇円で請け負う旨の契約を締結しようとしていたところ、本件工事に際し支出する諸経費は、床強化材購入費として一三一万七九〇〇円(一平方メートル当たり三四五円)及び床仕上工事施行手間代として九五万五〇〇〇円(一平方メートル当たり二五〇円)合計二二七万二九〇〇円となる見込みであったことが認められるから、差し引き一九二万九一〇〇円が、本件工事を施行していたならば被控訴人の得た利益であり、被控訴人は、控訴人の前記債務不履行により右相当額の損害を被ったものと認められる。

五  以上の事実によれば、控訴人は、被控訴人に対し、損害賠償として一九二万九一〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年六月一〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

それ故、当審において交換的に変更された被控訴人の新請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 鹿山春男 赤塚信雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例